①心拍数

 運動中の心拍数増加不良と運動回復早期の遅れた心拍減衰は,成人心疾患患者と同様に成人CHDの将来の心事故の予測に有用であると報告されている245).これは,心機能の悪化に伴い運動中の心拍変動を規定している副交感および交感神経活動の異常と密接に関連していることによる.しかし,CHD術後患者では開胸手術の影響は不可避であり,心臓自律神経活動は障害されている63),72),73).したがって修復術を必要とした先天性心疾患患者では,心拍数から術後状態を把握する際には注意が必要である.小児,成人ともファロー四徴を中心とする右室流出路再建術後やFontan術後患者の心拍応答はいずれでも低下し,運動回復早期の心拍減衰も小さい59),246).運動中の心拍増加不良には,心臓自律神経に加え洞結節機能低下も関与する247).心房内操作を伴う手術や,三尖弁閉鎖不全などによる右房拡大は洞機能低下の一因となる.洞機能が低下した場合,運動中の心拍応答不良に加え,運動回復期の心拍減衰は運動耐容能が良好でないにも関わらず大きいことが多い.

②血圧

 小児,成人の複雑CHD術後では血圧上昇が不良な場合があり,遺残する血行動態異常は血圧上昇不良の原因となる.また,成人では重度の大動脈弁狭窄において,血行動態指標に加え,臨床症状,ST低下,さらに血圧上昇不良が手術介入の基準とされたが,最近では,これらの臨床的意義は以前ほど評価されていない248).小児期の患者でのこれらの所見の臨床的意義は不明である.いっぽう,大動脈離断あるいは縮窄は,安静時血圧が正常範囲でも運動時高血圧を認める場合が少なくない249),250).高血圧の原因は明確でないが,遺残縮窄や修復術年齢が高い場合は高血圧発症と関連する場合があるとされ,Arch形態の運動時高血圧への関与は不明確で251),安静時高血圧と運動中の血圧上昇との関連は一定しないとされる252).高血圧の持続に対しては臓器障害防止の観点から降圧療法が好ましいが,運動時の血圧を考慮した治療基準は明確でない.有意な狭窄部がない患者で高血圧に関連した心室筋肥大が疑われた場合には,薬物による降圧療法を考慮する必要がある(クラスIIb).また,安静時血圧を含め,体重が運動中の血圧上昇に関連することから,適正な体重維持を心掛ける必要がある253).運動回復期の虚血の緩和に由来する異常な血圧上昇は虚血性心疾患での冠動脈狭窄病変の重症度判定に有用である254),255).したがって,完全大血管転位患者の動脈スイッチ術後や大動脈病変に対するRoss 術後の冠動脈狭窄病変の検出に有用かも知れない.いっぽう,心不全患者の血圧回復は遅延するが,Fontan術後患者では健常者に比べ運動後の血圧低下が大きい246)

③酸素摂取量

 最高酸素摂取量(Peak VO2)は体心室駆出率と同様に256),ファロー四徴やFontan術などの成人CHD術後患者の予後規定因子とされている239),257),258).したがって,Peak VO2は成人では心移植患者の適応の決定に際し重要な指標とされ,Peak VO2が14mL/kg/分未満が移植の適応基準である259).しかし,小児期の先天性心疾患術後患者でのPeak VO2と将来の心事故との関連は全く不明である.このため,小児複雑CHDにおける心移植に際しての14mL/kg/分の基準値の妥当性は不明である260),261).また,複雑CHDは種類に拘らず高齢になるに従いPeak VO2は低下する262),263)

 運動耐容能は運動時間とPeak VO2とで表現されるが,実際には心不全を有する患者では運動時間が比較的良好でもPeak VO2 は低い場合が多い.これは運動中の少ない心拍出量を効率良く作業筋に分布させる血流分配の変化が生じるためとされる.したがって,このような順応は運動中の酸素負債の増大と関連し,運動回復期の酸素負債返済が大きく,酸素摂取量の回復遅延を来たす.ファロー四徴を中心とする右室流出路再建術後患者,Fontan術後患者でも同様と報告されている59),246).運動能は自覚的最大負荷により得られたPeak VO2 で評価されることから,結果が患者のモチベーションに影響される.自覚的最大は最高負荷時のガス交換比(= 二酸化炭素排泄量/酸素摂取量)で判断される.一般には1.09以上であること(年少児では1.05以上)が最大負荷の目安とされる261).小学低学年では1.0を超えない場合もあるが,成人では通常1.20前後であることが十分な負荷試験が施行されたことを意味する264).しかし,疾患により最大負荷が躊躇されることから,亜最大負荷で客観的な運動耐容能を推定する指標として,嫌気性代謝閾値(AT)と換気効率の目安である二酸化炭素に対する換気量の割合を示すVE-VCO2 slopeを測定することで,心不全患者の予後をPeak VO2 以上に鋭敏に予測するとされる.すなわちAT< 11mL/kg/分かつVE-VCO2 slope > 34はPeak VO2 ≦ 14mL/kg/分より心不全死を高い感度で予測すると報告されている265).この値が小児期の心疾患に適用できるか否かはPeak VO2 と同様に不明である260)

④換気効率

 前述したように,運動中の二酸化炭素排泄量と換気量との直線関係の傾きは運動中の換気効率を表し,VEVCO2 slopeと表現される.この指標はPeak VO2 より心不全患者の予後予測因子として感度が高く,成人CHD患者での心事故予測に有用とされる266).最大運動を必要とせず,再現性も高い.Peak VO2 と同様に小児から成人への成長期にはこの指標は健常例でも低下するが,成人では大きく変化はしない.運動中の換気効率の低下と換気亢進はこの指標を上昇させる.しかし,成人でのこの指標が有用である背景には,換気亢進の原因が左室機能不全に伴う肺うっ血により肺コンプライアンスが低下し,死腔換気が増加し,さらに中枢性,末梢性の化学受容体感受性が亢進していることがある267),268).CHDでは,これらの要因に加えて,成人にない特殊な血行動態を有するFontan術後患者やチアノーゼ等の低酸素血症も考慮する必要がある266),269),270).多様な病態をもつCHD各疾患の特色を常に考慮しながら判断することが重要である.

⑤ Cardiac Power

 最近,Peak VO2 やVE-VCO2 slopeと同等かそれ以上に慢性心不全患者の心事故や死亡予測に有用な運動関連指標として注目され,成人CHDやFontan術後患者での有用性が報告されている271),272).Peak VO2が心機能以外の作業筋の廃用性萎縮等の多様な因子に規定されることや,VE-VCO2 slopeが右左短絡を有するEisenmenger症候群の患者では適応できない可能性が指摘されることから,この指標のCHD患者での有用性が期待される.
4 運動心肺指標と臨床的意義
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先天性心疾患術後遠隔期の管理・侵襲的治療に関するガイドライン
(2012年改訂版)

Guidelines for Management and Re-interventional Therapy in Patients with Congenital Heart Disease Long-term after Initial Repair(JCS2012)