3 人工弁の耐久性
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 小児期の弁疾患に対し,患児の成長,抗凝固療法などの観点から,まず弁修復が試みられるが,それが姑息的修復となる場合が多い.それらのケースで内科的コントロールが不能であると,人工心臓弁置換が選択される.

 人工心臓弁は,主に生体弁と機械弁に大別される.生体弁は抗血栓性に優れ,生理的中心流を有するという優位点があげられるが,耐久性に問題点がある.それに対し,機械弁は耐久性に優れるが,抗血栓性,人工弁圧較差などの問題点がある.

①生体弁

 生体弁は,1970年代よりさかんに応用されるようになったが,その問題点は長期の耐久性である.初期の生体弁は,ブタ大動脈弁尖を高圧glutalaldehide処理した
ものなどがあったが,耐久性が不十分31)であった.したがって,組織の低圧処理や,stentへのマウント方法を変更し,Carpentier-Edwards ウシ心膜弁(CEP)や,ブ
タ大動脈弁尖に対し無圧固定処理を行うなどの改良を行ったMosaic生体弁など様々な生体弁が開発された.CEP弁は,その大動脈弁位の成績として10年で血栓塞
栓症発症回避率91%~ 92%,再弁置換回避率は87%~91%32),33)とされ,また,その長期安定性も報告されており34),生体弁の耐久性は向上してきている(レベルB).さらに,1990年代後半には,Valsalva洞など大動脈弁基部構造を温存したステントレス生体弁が開発され,有効弁口面積も大きく,より生理的な流速が得られ35),耐久性も満足できるものとして,現在に至っている(レベルC).

②機械弁

 機械弁は,1960年代にボール弁が開発されて以来,傾斜円盤型の一葉弁,その後St. Jude Medical 弁に代表される二葉弁へと変遷し,現在ではpyrolite carbonを用いた二葉弁が主流になっている.機械弁の問題点である血栓性を解決するため,これまで,特にhinge部分の改良が加えられ,抗血栓性を高めている.
CarboMedics弁では10年で,弁関連死亡回避率は大動脈弁位が92.7%,僧帽弁位が85.4%,血栓塞栓回避率は大動脈弁位が81.8%,僧帽弁位が85.7%と報告されており36),ATS弁では10年で,弁関連死亡回避率は大動脈弁位が99.2%,僧帽弁位が94.6%,血栓弁となる確率は0.04% /patientyear,血栓塞栓症は1.1% /patient-yearと安定した成績となっている(レベル C)37)

③右心系に対する人工弁置換術

 先天性心疾患に対する治療成績が向上するにつれ,術後遠隔期QOLの観点から右室機能が注目されている.したがって,右心系に対する弁置換術の成績がさかんに検討されるようになってきた.

 先天性心疾患に対する肺動脈弁置換は,代表的なものとして,Ross 手術の際の右室流出路再建,肺動脈閉鎖兼心室中隔欠損に代表される肺動脈狭窄・閉鎖修復術後の再右室流出路再建などが考えられる.特に,遠隔期肺動脈弁閉鎖不全による右室拡大,機能不全が明らかにされ,二次的三尖弁閉鎖不全により右室機能不全はさらに増悪する.したがって,肺動脈弁置換の時期選択は非常に重要であるが,いまだに右心系弁置換の時期にgold standardはない.

 まず,肺動脈弁置換に用いられる人工弁の種類は,抗凝固療法が不要であることや機械弁より遠隔成績が良好であるとされる38)ため主に生体弁が用いられる.しかし近年,機械弁でも抗凝固療法を確実に行えばその再手術率はHomograftより良好であるとする報告もあり39),症例により十分な検討を必要とする. 諸外国では
Homograftがよく用いられるが,我が国では使用が限られるため,Xenograft人工弁が主に用いられる.ステントつき生体弁の耐久性は,10例中1例(経過観察期間:
最長12.2年)のみ再手術が行われ,良好な成績と報告されている40).また近年,stentless生体弁41)やウシ弁つき内頚静脈グラフト42)を肺動脈弁位に使用し,短期成績は良好であると報告されており,今後の長期成績の検討が期待される.

 三尖弁置換術も,肺動脈弁置換術と同様,弁置換術のなかで比較的まれな術式であるが,不可逆的な右室拡大,右室機能不全を来たす前に手術介入を行うことが推奨される(クラスⅡb,レベルC).機械弁,生体弁双方とも用いられており,施設によりその利用頻度は異なる.20年の生存率は機械弁68.3± 10.6%,生体弁は54.8±12.1%で,弁機能不全はそれぞれ97.8± 4.2%,90±5.5%であり,早期死亡率,再手術,中期死亡率は両弁に差はなく,機械弁を推奨するとの報告43)がある.一方,5年生存率は機械弁,生体弁それぞれ60± 13%,56±6%, 5年再手術回避率は91± 9%,97± 3%であり,生体弁は特に若い世代には良い適応であるが,より長期に再手術を回避したい症例には機械弁も有用との報告がある44)

④左心系に対する弁置換術

 大動脈弁置換術,僧帽弁置換術では,人工弁の耐久性に関する報告は多く,機械弁ではその耐久性は安定している.20年以上の使用経験のあるSt. Jude 弁の耐久性については,最長24.8年の観察にて,血栓塞栓症回避率は大動脈弁置換,僧帽弁置換でそれぞれ86%,81%,弁関連死回避率はそれぞれ93%,91%,再手術回避率はそれぞれ99%,97%,血栓弁回避率はそれぞれ99%,98%,弁の構造的な不具合が起こったのは僧帽弁置換の1例(0.06%)であったと45)されている.しかし,機械弁は,抗凝固療法を一生続ける必要がある46).それに対し生体弁では,CEP弁は10年で血栓塞栓症発症回避率91~ 92%,再弁置換回避率は87~ 91%と報告されている.年齢,遠隔期耐久性,そして,抗凝固療法の必要性を考慮に入れた慎重な人工弁選択が必要である(クラスⅡ a).

⑤ Patient - prosthesis mismatch

 先天性心疾患に対する人工弁置換術では,患児の成長を考えなくてはならない.成人症例においては,大動脈弁置換では人工弁有効弁口面積/ 体表面積の値を
0.85cm2/m2以上にすることで予後が改善されると報告47)されるなど,人工弁のサイズ選択では0.8cm2/m2の値が一般に推奨されているが,先天性心疾患では,患児,疾患によって使用できる人工弁のサイズは規定されるため,術後の経過観察のポイントとして人工弁サイズの評価を常に念頭に入れる必要がある.

 これらの問題点を解決するため,吸収性scaffoldを用いた再生治療を応用した人工弁48)が研究されており,将来の臨床応用が期待される.
Ⅰ 総論 > 2 人工材料の耐久性 > 3 人工弁の耐久性
 
 
先天性心疾患術後遠隔期の管理・侵襲的治療に関するガイドライン
(2012年改訂版)

Guidelines for Management and Re-interventional Therapy in Patients with Congenital Heart Disease Long-term after Initial Repair(JCS2012)